| 当院看護師の国際救援活動 |
昭和57年 6月 タイ・カンボジアへ3ヶ月 金田信子看護師
平成 2年 3月 マレーシア,ビドン島へ6ヶ月 池田起江看護師
平成13年 2月 ケニア,ロキチョキオへ6ヶ月 会沢紀子看護師
平成13年12月 パキスタン,チャマンへ3ヶ月 会沢紀子看護師
平成14年 2月 アフガニスタン,バーミヤンへ3ヶ月 会沢紀子看護師
平成16年 2月 イラン・イスラム共和国ゲルマン州バム市へ1ヶ月 会沢紀子看護係長
平成16年 6月 アフガニスタン北部タロカンへ6ヶ月 会沢紀子看護係長
平成17年 2月 インドネシア共和国ナングル・アチェ・ダルサルム州へ1ヶ月 会沢紀子看護係長
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| −ICRC紛争犠牲者救援活動 アフガニスタン・バーミヤン−
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1979年から、戦争、内戦を繰り返しているアフガニスタンは、干ばつや地震の被害も加わり、国内の医療は非常に貧しく、さらに武器や地雷による被害者が後を絶たない。現在故郷を離れて生活しているアフガニスタン人は、国内避難民も含め370万人ともいわれている。バーミヤン州の中央病院で、外科病棟看護師として、病棟管理やスタッフのトレーニング、医療、非医療物品の管理にあたった。
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| −IFRCアフガニスタン難民救援事業 パキスタン・チャマン− |
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2001年10月、アメリカによるアフガニスタン空爆が開始されると、多くのアフガニスタン人が隣国パキスタンへの避難を始めた。パキスタン南西の国境付近の町チャマンではUNHCRにより運営される数カ所の難民キャンプに数万人の難民が暮らしている。チャマンにある公的病院の医療物資、医療設備、医療環境整備をサポートする為、さらに看護スタッフへの教育普及のため、病棟、手術室及び外来の状況改善の向けた援助に携わった。
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| −スーダン紛争犠牲者救援事業 ケニア・ロキチョキオ− |
イギリスより1956年に独立を果たしたスーダンでは、北部のアラブ人を中心とした政府軍と、南部の黒人を主にした反政府郡軍が人種的、宗教的に対立し、さらに国内の利権争いが問題を複雑化させ、現在も紛争が続いている。ICRCは1977年にスーダンの首都ハルツームに代表部を開設し、スーダン内での事業を開始した。スーダン内での事業を開始した。スーダン紛争犠牲者救援援事業内容は、抑留者訪問と保護、安否調査、赤十字原則の普及、生活物資の配給、飲料水の供給と衛生環境整備、ロピディン病院経営、ジュバ教育病院援助、ワクチン普及、母子保健等多岐にわたっている。
ケニア内にはロキチョキオに副代表部があり、1987年にこの写真にあるロピディン戦傷外科病院を開設、現在は550症を有し、紛争による負傷者の治療とリハビリや、義足製作が行われている。
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これらの活動に赤十字の看護師として参加する事が出来るのは、赤十字の国際救援活動に対して日本の皆様からの温かい支援があってのお陰です。国際救援活動に対してのご理解、ご支援に感謝いたします。
日本赤十字社の国際救援活動に関して、詳しい活動内容や、国際援助要員研修・派遣に関しての情報は、 http://www.jrc.or.jpを参考にして下さい。
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